PROFILE

はじめまして。

当ブログ管理人のジェイクパパです。

現在1歳児のパパリーマンをしています。

育児と仕事の両方をしていると時間の経過が早く、

気が付くと息子も1歳を超えてしまいました。


しかし、息子は元気に生まれてきたのではなく、

生まれた瞬間から波乱万丈な日々でした。

今元気な姿の息子はわがままで、

ギャーギャー泣き叫んでイライラする時が多々あります。

しかし、生まれた時から今日までの写真を見返したとき…

息子が元気にここまで育ってよかったと、思う。

 

そんな息子の誕生秘話や、パパになる、ママになる。

あの時の経験や初めての育児で悩んでいる人へのアドバイスが、

できるようなブログ作りをしたいと思い、始めました。

不安だったあの時の自分たちと同じような状況に置かれている人や、

これからパパ、ママになることへの不安を、

少しでも解消できる助けになればと思っています。

 

ここまで読んでいただけたということは、

少なからず私への興味を抱いていただけたのではないでしょうか。

簡単に経歴を書いていますので、読んでみてください。


【経歴】
1.学歴
2.卒業後
3.結婚
4.第一子誕生

1.学歴

大阪で育ち、小中高と公立を歩んできました。

小学生の時は、面白い人がモテると思い、馬鹿みたいに騒いでいました。
6年生ではカッコいい!目立てる!ってことで応援団に参加もしていました。
応援団長、副団長とやりたい!って希望を出したけど、みんなの投票で落選…
最後に残った太鼓の役割をなんとか獲得することができ、
「これで卒業アルバムに載るのは確実」と思っていました。
結果は太鼓だけが映っていないというまさかの現実。トホホ
そんな目立ちたがりな私でしたが、6年の夏休みに、
ドラマキッズウォーを見て中学でのイジメが怖くなり、
少し中学進学におびえ始めていました。

中学進学後、サッカー部へと入る予定だったが、
親の反対、姉の脅しでビビり、卓球部に入部。
これが元凶なのか、サッカー部や野球部の人たちと違って、
陰に埋もれるような生活になってしまった。
そのまま3年のころには、目立たない存在になってしまい、
はやく高校に進学してこの状況を脱したいと思っていました。
人って目立たなくなるとなぜか目立てない行動しかできないようです。
小学校の時に目立っていたのが嘘かのようになってしまいました。

高校受験は修学旅行が国外、家の近くにある。
それだけで選びました。
あっ、女子の割合が多いからってことも理由のひとつでした。

この頃は将来の夢、就きたい仕事など、何も考えていませんでした。
とりあえず、無難に就職できればいいや。そう思っていました。

楽しいはずの高校生活も女子社会で、今一つ目立てない感じでしたが、
高校2年の時だけは違っていました。すごく楽しかった。
あの頃が学生時代で一番楽しかったなと、思います。

この時に私はFXなるものを知り、
自己資金10万にてチャレンジしてみました。
独学でしたが、初めて1か月で20万の利益を出したのですが、
その後のお調子プレイで全て溶かしてしまいました…
いい勉強代となりましたが、良い経験でもあると思っています。
素人なのでもうやりませんけどね。

そして次の進学先ですが、
大学、短大、専門…
どれに行くべきなのかは、
実は高校1年の時には既に決めていました。
就きたい仕事はなかった。
だけどパソコンを触ることは好きでした。
だけどその好きっていうのもゲームが好きってだけで、
IT業界については何も知りませんでした。
IT業界に就職したいとかではなく、ITの業種なら簡単かな?
なんて思っていました。正直舐めてました。
ただ、高校3年になるころには、プログラミングの仕事をしたいと思うようになりました。

大学へ進学する意味が見いだせなかった私は、専門学校へ進学することを決めていました。
やりたいことがないのに大学に通ってもお金の無駄。
だったらてっとりばやく学んで稼げる専門にしようっていうのが当初の考えでしたので、
ちょうどプログラミングと専門が一致する学校へと進学しました。

今になって思うのだけれど、高校受験や大学受験を真剣にしてきた人たちと違った道を、
自分で選んだことに少し後悔はあります。
ただ、当時は誰もその大切さを教えてくれる人が身近にいなかったのと、
勉強を好きになれなかった学生時代の自分がいたため、今の結果なのですが、
息子にはしっかりとした道を説くことができるようにしたい。

専門では今までの高校生活までと違い、
楽しく過ごせ、資格も取って、就活も早い段階で終えることができました。
専門時代の友人は、今も交流があり、数少ない唯一の友人となります。

2.卒業後

2012年に新卒でIT企業に入りました。
開発ができると意気込んでいたものの、全く違う部署に配属。
入社式で、「やめてやる!」なんて決意していましたが、
最初に配属された場所が案外よく、やってる仕事も楽しかったです。
新しいことなので、それだけで楽しいと思えたから続けられたのです。

社会人1年目に私は中型バイクを購入することにしました。
CBR250Rというホンダのなんちゃってスーパースポーツです。
趣味として買ったのではなく、休日の移動手段として購入しました。
乗っていくうちに、だんだんとバイクの魅力にハマってしまい、
Twitterなんかも始めて、バイク仲間を見つけていました。
2年目になるころにはもう少しパワーのあるバイクに乗りたい!って
思うようになり、CBR400Rを購入。
もう完全にバイクの世界にハマってしまいました。
用事などはないけど、バイクに乗っては出掛ける。
バイクに乗りたいから用事を作っていました。

バイクとの出会いで、バイクに乗らなかったら出会えなかった人たちと出会うことができ、
そこで多種多様な人の、それぞれの考えや価値観を見ることができた。
また、遠出して大自然の風を感じながら走るあの疾走感は凄くいいものがありました。
バイクを敬遠する人たちはおそらく「危ない、うるさい、不良」のイメージを持たれていると思いますが、
一部の報道や街中の輩共を見た印象ではないでしょうか。実際は違います。
それは実際に乗ってその輪の中に入った人のみが知り得るものだと思います。
全てにおいて、印象操作は簡単で、正しい情報の取捨選択が必要だということです。

3.結婚

14年の9月に入籍しました。
入籍直後は妻は関東、私は関西といきなりの遠距離でした。
離れての新婚でしたが、月1程度で遊びにいったり、来てもらったりをしていました。
夫婦というより恋人感がまだ抜けません(笑)

15年の4月より同棲が開始し、妻は勉強、私は仕事と、離れていた時と状況は特に変わりません。
妻は医療人で、その資格取得の為に毎日勉強に明け暮れていました。勉強の隣で私はゲームをしていたので、よく怒られていました。

ゲームするなら資格でも取れ!
そう言われて目指したのが登録販売者でした。

皆さんは登録販売者という資格をご存知でしょうか。
あまり聞きなれないと思います。
しかし市販の医薬品をよーく確認してみてください。
「医師、歯科医師、薬剤師、または登録販売者に相談」と書いていませんか?
それです。全くITとかけ離れた資格でした。
この資格取得に向けて興味のある人もいると思います。
その内記事にできたらと思っています。

翌年16年、妻は国家試験に合格し4月から共働きが始まりました。
遅れて私も10月発表で登録販売者の試験に合格できました。
(なおこの資格を使っての仕事はしていません。ただ取っただけです。)

この年の6月、妻の妊娠がわかりました。
このころの私は自分は子ども好きだから、育児も余裕と思っていましたが、現実は甘くなかったです。

妊娠から出産までの1年間ほどは、凄く大変な日々でした。私が大変ではなく、妻が大変でした。
悪阻がひどく、ご飯も食えない。そんな状況でした。

妊娠中ではありましたが、この年の10月より2人とも関東に転勤となり、生活拠点を関東に移しました。

4.第一子誕生

子どもの誕生の瞬間は、大きな声が響き渡る。
そんなものだと誰もが思うし、それを聞いて分娩室前で聞いて喜ぶおばあちゃん、おじいちゃんもいますよね。

私の息子は違いました。

凄く不安でした。そして、やっぱりでした…

息子は今はとても元気です!
ただあの頃は違いました。
その時の記憶を思い起こすのと、写真や動画を見返すと凄く辛い気持ちになり、感情が高ぶって泣いてしまう時もあります。

この時の不安な気持ち、諦めの覚悟、妻の気持ちの整理、自分の気持ちの整理はすごくつらかったです。
症状についてどれだけ調べても情報が出てこない。
今の医療は完璧だと思っていましたが、やはり医療の分野はまだまだ広く未開でした。

こんな感じの人生を歩んで来ましたが、これを読んでいただいてる方はママさん、パパさん。
そして、これからそれになる人、はたまたは息子のような境遇に置かれている人だと思います。
でもそうではない人にも、読んでいただいて、育児のことに関心を持ってくれると嬉しく思います。

また、バイクでラーメン巡りをしているうちにラーメンが好きになり、
今でもたまにラーメンを食べに行ったりします。(バイクはもう乗っていませんけど…)
そういったラーメンブログもできたらいいなと思います。
一応、育児以外の自分の興味がある事柄を記事にしていきたいです。

長々と書きましたが、
私の記事を楽しみにしていただけると幸いです。