妊娠

2016年3月某日

妻の国家試験合否発表があり、妻の長年の夢が叶いました。
どれだけの時間を勉強に費やし苦労してきたのか。
近くでずっとその姿を見ていた私は、妻より先に涙が出ました。
よくやったと思いました。

4月から晴れてその職業に就き、ここから共働きが始まりました。
稼ごう!なんて言っていた矢先でした。

6月某日
妊娠検査薬がヒットしました。
驚きと嬉しさ、少しの不安がよぎりました。
自分が父親になるのか。
自分の両親がおじいちゃんおばあちゃんになるのか。
なんて素敵なことなんだ。

ただ待てよ。
今の段階ではまだ生まれてこれるかどうかもわからない。
しっかりと10か月間乗り切って生むことはできるのか。

育児とはどんなものなのか、
これから妻に襲ってくる悪阻とはどんなものなのか。
まったく想像もつかないし、
まだこの時点では妊娠したことを周りに話せませんでした。
せっかく妊娠報告したのに、産めませんでした。
なんて報告はできません。
それは私の勝手な世間の目を想像したからにすぎませんでした。

うわっ、あいつ結局流産かよ。

そう思われることが嫌と感じていました。
実際、私は子供が生まれる直前か、生まれるまでは、
周りには言わないでいようと思っていました。



ただ、ここで男性として考えるべきものはそこではないと今は思っています。
それを言われて傷つくのは妻のほうです。
しかし妻がそう思っていないのであれば、
むしろ公言して手助けが必要なら求めるべきなのです。

これから始まる、悪阻や匂いに対する拒絶感。
そういったものを周りに話すことで理解してもらう必要があります。
タバコの臭いもそうです。
また食べ物にも食べていいものや食べてはいけないもの。
摂りすぎると催奇形性児として生まれる可能性もあります。
また摂るべき栄養素などもあります。
お茶やコーヒーなどのカフェイン含有物は飲めません。
ビタミンAは摂りすぎるとダメだけど、全く摂らないとそれも問題です。
βカロテンを摂ると良い等、色々あります。

こういった情報収集を男性側もしないといけません。
当時の私はそれができていませんでした。

ほとんど妻が自分で調べ、工夫をしていました。

妊娠から2か月ほどは悪阻もなく、なんとも感じない嫁でした。
職場へは30分ほど歩いて行っていました。
また、自転車にもバンバン乗りこなし、往復30キロの距離を2週間に1度は走っていました。
それが後々、大変なことにつながるとはこの時はまだ気がつきませんでした。


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